国土交通省が、古いマンションの建て替えを促進するための省令・告示の改正を、年内に行う予定です。これによりワンルームマンションの供給が増え、ワンルームマンション投資家にも小さくないメリットをもたらす可能性があります。改正の内容と、それにより今後ワンルームマンション投資がどうなっていきそうなのかを解説します。
新耐震基準を満たした物件の建て替えは超困難だった
まずは、今回の改正の背景にあるものから見てみましょう。国交省の調査によると、2018年時点で国内のマンションの総数は約655万戸で、そのうち1981年6月以前に建てられた旧耐震基準のものは、約16%の104万戸にのぼります。
老朽化が進んだ物件は、地震による倒壊はもちろん、平常時でも壁面の崩落や、廃虚化による治安悪化を招く懸念から、国は建て替えを促進する方針を打ち出しています。その一環として国交省は、耐震性不足と認めた物件に関しては、容積率(※)を緩和するなどの規制緩和を、すでに行っていました。それでも2019年4月時点で実際に建て替えを行なった物件は累計244件にとどまっていて、老朽マンションの建て替えは思うように進んでいないのが現状です。
※敷地面積に対する建物の延べ床面積の割合で、マンションは原則、決められた容積率に収まる範囲内で建てなくてはいけない。
その大きな原因に挙げられるのが、建て替え費用の負担の重さです。国交省によると、建て替えをする際に区分所有者が負担する費用は約1000万円にのぼり、区分所有者全員がそれを捻出できるマンションは限られています。
一方で、マンションを取り壊して敷地をディベロッパーに売却し、その売却益を区分所有者で分配する建て替え方法もあります。ところがこちらの場合でも、耐震性不足と認められたマンション以外の建て替えを行うには、区分所有者全員の承認が法律で求められており、実質的には“不可能”に近い状態となっています。
したがってこれまで建て替えを行ったマンションは、もともと容積率に余裕があり、建て替え時に階数などの建て増しを行うことで、費用を捻出できたケースが多くを占めています。
そんな背景から国が新たに打ち出したのが、以下の“建て替え促進策”です。
建て替えで価値が高まるマンションが山ほどある
具体的に何が変わるのかというと、容積率が緩和される特例を受けられるのが、耐震不足のマンション以外にも広がることです。
これまで1981年以前の旧耐震基準で建設された「耐震不足」の物件の建て替えに際しては、容積率を緩和する特例が適用され、階数を増やして増床することができました。その特例が今回、以下の要件のいずれかに該当する物件にも広がります。
- 外壁の劣化
→ひび割れやはがれが一定以上ある
- 防火体制の不足
→非常用進入口の未設置など
- 配管設備の劣化
→天井裏の排水管で2か所以上の漏水がある
- バリアフリー未対応
→3階建て以上の物件でエレベーターがない、各戸の玄関幅が75センチ未満など
これらの要件に該当するかどうかは、1級建築士などの有資格者が調査、判断を行います。
では特例が適用される場合、建て替えによってどれくらい増床できるのでしょう? マンションの立地によって変わるものの、これまでの実績では2~3割程度の増床を行えることが一般的なようです。
2~3割といえば、もともと6階建てなら7~8階建てに、10階建てなら12~3階建てに建て替えられることになります。もし2フロアを建て増すことで10部屋増やせ、それを1部屋・3000万円で売り出すとしたら、単純計算で3億円がプラスされるわけなので、そのメリットは大きいとされます。
そうして生まれた増床分は、不動産会社などに売却して建て替え資金に回すことができます。また敷地ごと売却する際には、以前の敷地より実質的に価値が高くなるだけに、キャピタルゲイン(売却による利益)を得る可能性も十分あります。
ちなみに容積率の緩和にくわえ、区分所有者の承諾に関しても特例が適用され、全体の5分の4以上の同意で建て替えが可能になります。これにより建て替えのハードルは一層下がります。
では今回の省令・告示の改正により、ワンルームマンション投資は具体的にどんな影響を受けるのかを、次で述べていきましょう。
不足しがちな都内のマンション供給が安定しそう
まず考えられるのが、今回の改正により、ワンルームマンション市場が大きく活性化される可能性があることです。
建て替えのハードルが大幅に下がることで、これまで売るに売れなかった築古マンションのうちの少なくない数が、新たなマンションに生まれ変わるでしょう。実際のところ、築40年以内で新耐震基準は備えているものの、特例の要件である外壁の劣化や防火体制の不足などがあるマンションは、おそらく山ほどあります。3階以上の建物でエレベーターがないマンションだけをとっても、実際に検索してみると実によく出てきます。
投資用ワンルームマンションに限って見ても、それは同様です。そもそもワンルームマンション投資のスキームが完成したのがそれほど昔ではないので、新耐震基準を満たしていない古い建物がほとんどなく、これまでは建て替え事例がほぼゼロでしたが、これを機に建て替えが進む可能性があります。特に都心や都内の駅近エリアは建設用地がほとんど残っていないだけに、建て替えが活性化されれば、ディベロッパーにも投資家にも恩恵をもたらすでしょう。
ただしマンションの価格がどうなるかに関しては、ちょっと断定しにくいところがあります。
都内のワンルームマンション市場に関しては、これまで不足ぎみだった供給が安定し、年々上がっていた価格が落ち着く可能性があります。場合によっては、今より安くなるかもしれません。
とはいえ、ワンルームマンションのユーザーである単身者の数は、都内では今も増加傾向にあります。そして高齢化社会や晩婚化が今後進めば、単身者はもっと増えていくでしょう。それをふまえると、ワンルームマンションに対するニーズはより高まるか高止まりすると考えられ、値段が今より大きく下がる可能性は低いと考えられます。もし下がったとしても、10年間で5~10%ほどの範囲内に収まるのではないでしょうか。
一方で、最近では希少になっている都心の好立地の新築物件が、建て替えにより出てくるようになると、ファンドや外国資本も含めた投資家のニーズが集中し、かえって値が上がる可能性もなくはありません。あるいは、そういった超都心や都内の好立地の建て替え物件は高騰し、逆に少し郊外寄りの物件や立地がよくない物件は値が下がるという“二極化”が進む可能性もあります。
いずれにせよ今回の省令・告示の改正で、ワンルームマンション業界が小さくない影響を受けることは確かでしょう。そしておそらくは、不足しがちだった都内のマンション供給が、建て替えにより安定方向に向かい、ディベロッパーにとっても投資家にとっても健全な形に近づくのではないかと思われます。そうした期待も込めながら、今後も市場動向を引き続き追っていきたいと思います。